≪話題のあの映画観に行ってきました!なんか大したことなかったな。でも中盤ちょっと泣けた。≫
大型SNS・Pixy上で繋がっているKENは、映画と音楽という点で、Mayuと共通の趣味があり、お互いの投稿を楽しみにしていた。
「あ、KENさん、あの映画観に行ったんだ!いいなあ~。私も観に行きたいな」
MayuはKENの投稿にコメントを書く。
≪レポありがとうございます。イマイチだったんですか?楽しみにしてたのに…気になる。ネタバレ配慮ありがとうございます。来週の土日には私も観に行きます!≫
≪コメありです!Mayuさんはたぶん泣ける話じゃないかなと思います。SWING!とかあの辺の映画お好きでしたよね?それを彷彿とさせる展開あるので、楽しめると思いますよ。≫
≪ほんとですか!泣く予感がする…!ハンカチとティッシュ持っていきますね!(笑)≫
「KENさんって私のツボとか好みとか完全に把握してるからなあ……」
Mayuは北海道に住んでいる。対してKENは大阪に住んでいる。あまりにも遠く離れているので、お互い会ったことは一度もない。だが、MayuはKENを意識していた。
「KENさんに会いたいな。大阪は遠いな……」
Mayuの部屋にはある一本の酒のボトルが飾ってある。中身は空だし、特に珍しい酒というわけではないのだが、Mayuにとっては宝物だ。
KENから贈られた日本酒。甘口で、桜の花びらが入った日本酒だった。ラベルには水彩画調の桜の絵が描いてあり、金の箔押しで”花筏”と書いてある。この酒は大阪でしか買えない地酒で、KENが以前Pixyで自慢げに語っていたものに、「飲みたい!」とコメントしたところ、送ってもらったものだ。
「KENさんと映画とかライブとか飲み会とか行きたいよー!!はあ……。どんな人なんだろう。顔写真見せてくれないからなあ……」
一方、KENもMayuを意識していた。KENが仕事で失敗して落ち込んでいると、必ず励まして、一番掛けてほしい言葉を掛けてくれるMayuは、理想の彼女像だった。
「Mayuさんってどんな人なんやろう。会いたいなあ。でも北海道ゆうたら連休とらなあかんやん。ブラック企業の社畜には厳しいわ……。……それに」
KENはリビングの奥のキッチンに視線を移した。
(俺にはもう夏希がおるからな……)
KENには夏希という恋人がいた。大学時代から付き合っている。Mayuに会う前からの付き合いで、近々結婚を考えていた。
「KENさんに会えたらな……」
「Mayuさんに会えたらな……」
二人はお互いを意識しながら、それぞれの人生を歩んでいた。
ある日、KENの映画レビューが熱心な信者に叩かれ、炎上した。発言を削除したが、火の手は他の映画レビュー記事にも飛び、炎上は収まるところを知らなかった。
MayuはDMでKENに声をかけた。
≪KENさん大丈夫?大変なことになったね。≫
≪しくったわ。なんでアレがこんな燃えたんかわからん。俺もうPixyおれんわ。やめる。退会する。≫
「え?!退会?!」
するとほどなくしてKENは記事を更新した。
≪この度は皆さんに不快な書き込みをしてお騒がせしました。大変申し訳ありません。私は本日を持ちましてPixyを退会します。もう二度と戻ることはありません。今までお世話になりました。≫
そして、深夜、日付が変わるころ、KENはMayuの友達一覧から消えた。
「そんな……KENさん……!KENさんホントに消えちゃった……!」
Mayuは泣いた。もうKENの投稿が見れなくなる。それはMayuにとって失恋に等しいものだった。
楽しみが無くなったMayuは、次第にPixyにログインする頻度も落ちていき、ほどなくして退会してしまった。
それから8年が経過した。Mayuは結婚し、2歳のイヤイヤ期を迎えた子供の育児に手を焼いていた。
育児の悩みや音楽、映画の感想などを、新型SNS・monotalkに書き連ねていた。
≪やっぱり私にとってPEAKERは最高のバンド。育児でイライラしてても、Junichi様のボーカルが疲れを吹き飛ばしてくれる。≫
Mayuは高校時代から大ファンのロックバンド・PEAKERの新譜を楽しんでいることをmonotalkに書き込んだ。
そこに、イイネが一つついた。”けんけん”という名前だった。Mayuは特に気にしていなかったが、数分後、リプライが付いた。
≪僕もPEAKERは人生で最高のバンドです。またPEAKERつながりで繋がってしまいましたね。KENです。覚えてますか?≫
「え?!KENさん?!うそ……。なんで私だってわかったの?!」
≪KENさんですって?!あのKENさんですか?!なんで私がMayuだってわかったんですか?名前だって、今はまーちゃんなのに…≫
≪判りますよ。画像欄見たらふにゅんのぬいぐるみで部屋いっぱいじゃないですか。すぐわかりました。≫
Mayuは部屋を眺めまわしてみた。あのころとは配置も違うし、引っ越しもしたので、わかるわけがない。でも、ふにゅんというゆるキャラグッズで部屋がいっぱいなのは変わっていない。料理写真や子供の服の写真にふにゅんが沢山映り込んでいることで、KENはMayuだとすぐにわかったらしい。
「け、KENさん……。また会えた。見つけてもらった。嬉しい……」
≪KENさんまた会えてうれしいです。よかったらフォローさせてもらっていいですか?また映画や音楽の話しましょう。今は映画館行けないので、DVD待ちになってしまいましたが…≫
KENには家庭があったようだった。妻の自慢の料理の感想を写真付きでアップするKENの投稿に、Mayuはしばしば嫉妬する。
「KENさん奥さんとラブラブなんだなあ……。まあ、私も旦那と子供いるしなあ。でも、見るの辛い」
Mayuはささやかな仕返しとして、子供の顔をスタンプで消した写真をアップし、幸せをアピールする。
「Mayuさん子供おるんか。まあ、うちにも子供おるけど、なんか辛いなあ。まあ、しゃーないわな」
お互いがお互いの生活に抱く小さな嫉妬。しかし、共通の趣味の話になると、そんなものはどこかに吹き飛んでしまう。DMチャットで時間を忘れてメッセージを交わしていると、また昔のように楽しい時間が始まる。
二人にとって、そんな時間がかけがえのない生きる希望になっていた。
時は流れ、30年後。二人は時々電話やメールで連絡を取る関係を続けていた。SNSが何度も閉鎖し、何度連絡が途絶えても、二人は不思議とお互いを探し出し、連絡を取り続けていた。
子供は大きくなり、孫もできた。そしてMayuの夫が他界して、Mayuは東京で一人生活していた。
Mayuの老人向けスマートフォンに、一件のメールが届いた。
≪まゆさん、明日、東京に行きます。いかがですか、会いませんか?≫
KENからだった。突然の「会いませんか?」の誘いに、Mayuは驚いた。
≪そんな、急に言われても困ります。頭は白髪だらけだし、顔はしわくちゃだし、がっかりしますよ。≫
≪僕もしわくちゃだし、つるっぱげです。笑 でも、せっかく東京に行くんです。まゆさんに会ってみたいな≫
Mayuは大急ぎで美容院の予約を入れた。白髪と取れかけのパーマだけでも整えなくては。
東京・巣鴨。Mayuがとっておきののワンピースに身を包んで待っていると、中折れ帽に灰色のスーツを着た老紳士が目の前に現れた。
「まゆさんですか?」
「はい……けんさんですか?」
「初めまして。けんです」
「初めまして……まゆです」
40年以上昔からの知り合いなのに、「初めまして」と言うのがなんだか可笑しくなって、二人は笑った。
「そうだ……これ、どうぞ」
KENは細長い紙袋をMayuに差し出した。
「何ですか、これ?」
「”花筏”です。昔美味しいって喜んでいたから、また買ってきました」
それはかつてKENが一度Mayuに送った日本酒・”花筏”だった。
「あ……ありがとうございます!あのお酒の瓶、可愛いからまだ宝物なんですよ」
「まだ持っていたんですか?ありがとうございます」
KENはMayuが中身を確かめると、「重いですから、帰りまで僕が持ちますね」と、紙袋を持ち直した。
「今日は私が東京をご案内しますね。あ、そうだ。映画も観に行きましょう」
「よろしくお願いします」
KENはMayuの手を握り、にっこり微笑んだ。
MayuはハッとKENを見上げ、そのまぶしい笑顔に頬を染めると、うつむいて歩きだした。
「熊さんが映画で団子を食べた団子屋さんに行きましょう」
「おお、いいですね」
そして二人は歩き出す。決して交わることのなかった二人の人生が、今ようやく一つに重なった。
END.
大型SNS・Pixy上で繋がっているKENは、映画と音楽という点で、Mayuと共通の趣味があり、お互いの投稿を楽しみにしていた。
「あ、KENさん、あの映画観に行ったんだ!いいなあ~。私も観に行きたいな」
MayuはKENの投稿にコメントを書く。
≪レポありがとうございます。イマイチだったんですか?楽しみにしてたのに…気になる。ネタバレ配慮ありがとうございます。来週の土日には私も観に行きます!≫
≪コメありです!Mayuさんはたぶん泣ける話じゃないかなと思います。SWING!とかあの辺の映画お好きでしたよね?それを彷彿とさせる展開あるので、楽しめると思いますよ。≫
≪ほんとですか!泣く予感がする…!ハンカチとティッシュ持っていきますね!(笑)≫
「KENさんって私のツボとか好みとか完全に把握してるからなあ……」
Mayuは北海道に住んでいる。対してKENは大阪に住んでいる。あまりにも遠く離れているので、お互い会ったことは一度もない。だが、MayuはKENを意識していた。
「KENさんに会いたいな。大阪は遠いな……」
Mayuの部屋にはある一本の酒のボトルが飾ってある。中身は空だし、特に珍しい酒というわけではないのだが、Mayuにとっては宝物だ。
KENから贈られた日本酒。甘口で、桜の花びらが入った日本酒だった。ラベルには水彩画調の桜の絵が描いてあり、金の箔押しで”花筏”と書いてある。この酒は大阪でしか買えない地酒で、KENが以前Pixyで自慢げに語っていたものに、「飲みたい!」とコメントしたところ、送ってもらったものだ。
「KENさんと映画とかライブとか飲み会とか行きたいよー!!はあ……。どんな人なんだろう。顔写真見せてくれないからなあ……」
一方、KENもMayuを意識していた。KENが仕事で失敗して落ち込んでいると、必ず励まして、一番掛けてほしい言葉を掛けてくれるMayuは、理想の彼女像だった。
「Mayuさんってどんな人なんやろう。会いたいなあ。でも北海道ゆうたら連休とらなあかんやん。ブラック企業の社畜には厳しいわ……。……それに」
KENはリビングの奥のキッチンに視線を移した。
(俺にはもう夏希がおるからな……)
KENには夏希という恋人がいた。大学時代から付き合っている。Mayuに会う前からの付き合いで、近々結婚を考えていた。
「KENさんに会えたらな……」
「Mayuさんに会えたらな……」
二人はお互いを意識しながら、それぞれの人生を歩んでいた。
ある日、KENの映画レビューが熱心な信者に叩かれ、炎上した。発言を削除したが、火の手は他の映画レビュー記事にも飛び、炎上は収まるところを知らなかった。
MayuはDMでKENに声をかけた。
≪KENさん大丈夫?大変なことになったね。≫
≪しくったわ。なんでアレがこんな燃えたんかわからん。俺もうPixyおれんわ。やめる。退会する。≫
「え?!退会?!」
するとほどなくしてKENは記事を更新した。
≪この度は皆さんに不快な書き込みをしてお騒がせしました。大変申し訳ありません。私は本日を持ちましてPixyを退会します。もう二度と戻ることはありません。今までお世話になりました。≫
そして、深夜、日付が変わるころ、KENはMayuの友達一覧から消えた。
「そんな……KENさん……!KENさんホントに消えちゃった……!」
Mayuは泣いた。もうKENの投稿が見れなくなる。それはMayuにとって失恋に等しいものだった。
楽しみが無くなったMayuは、次第にPixyにログインする頻度も落ちていき、ほどなくして退会してしまった。
それから8年が経過した。Mayuは結婚し、2歳のイヤイヤ期を迎えた子供の育児に手を焼いていた。
育児の悩みや音楽、映画の感想などを、新型SNS・monotalkに書き連ねていた。
≪やっぱり私にとってPEAKERは最高のバンド。育児でイライラしてても、Junichi様のボーカルが疲れを吹き飛ばしてくれる。≫
Mayuは高校時代から大ファンのロックバンド・PEAKERの新譜を楽しんでいることをmonotalkに書き込んだ。
そこに、イイネが一つついた。”けんけん”という名前だった。Mayuは特に気にしていなかったが、数分後、リプライが付いた。
≪僕もPEAKERは人生で最高のバンドです。またPEAKERつながりで繋がってしまいましたね。KENです。覚えてますか?≫
「え?!KENさん?!うそ……。なんで私だってわかったの?!」
≪KENさんですって?!あのKENさんですか?!なんで私がMayuだってわかったんですか?名前だって、今はまーちゃんなのに…≫
≪判りますよ。画像欄見たらふにゅんのぬいぐるみで部屋いっぱいじゃないですか。すぐわかりました。≫
Mayuは部屋を眺めまわしてみた。あのころとは配置も違うし、引っ越しもしたので、わかるわけがない。でも、ふにゅんというゆるキャラグッズで部屋がいっぱいなのは変わっていない。料理写真や子供の服の写真にふにゅんが沢山映り込んでいることで、KENはMayuだとすぐにわかったらしい。
「け、KENさん……。また会えた。見つけてもらった。嬉しい……」
≪KENさんまた会えてうれしいです。よかったらフォローさせてもらっていいですか?また映画や音楽の話しましょう。今は映画館行けないので、DVD待ちになってしまいましたが…≫
KENには家庭があったようだった。妻の自慢の料理の感想を写真付きでアップするKENの投稿に、Mayuはしばしば嫉妬する。
「KENさん奥さんとラブラブなんだなあ……。まあ、私も旦那と子供いるしなあ。でも、見るの辛い」
Mayuはささやかな仕返しとして、子供の顔をスタンプで消した写真をアップし、幸せをアピールする。
「Mayuさん子供おるんか。まあ、うちにも子供おるけど、なんか辛いなあ。まあ、しゃーないわな」
お互いがお互いの生活に抱く小さな嫉妬。しかし、共通の趣味の話になると、そんなものはどこかに吹き飛んでしまう。DMチャットで時間を忘れてメッセージを交わしていると、また昔のように楽しい時間が始まる。
二人にとって、そんな時間がかけがえのない生きる希望になっていた。
時は流れ、30年後。二人は時々電話やメールで連絡を取る関係を続けていた。SNSが何度も閉鎖し、何度連絡が途絶えても、二人は不思議とお互いを探し出し、連絡を取り続けていた。
子供は大きくなり、孫もできた。そしてMayuの夫が他界して、Mayuは東京で一人生活していた。
Mayuの老人向けスマートフォンに、一件のメールが届いた。
≪まゆさん、明日、東京に行きます。いかがですか、会いませんか?≫
KENからだった。突然の「会いませんか?」の誘いに、Mayuは驚いた。
≪そんな、急に言われても困ります。頭は白髪だらけだし、顔はしわくちゃだし、がっかりしますよ。≫
≪僕もしわくちゃだし、つるっぱげです。笑 でも、せっかく東京に行くんです。まゆさんに会ってみたいな≫
Mayuは大急ぎで美容院の予約を入れた。白髪と取れかけのパーマだけでも整えなくては。
東京・巣鴨。Mayuがとっておきののワンピースに身を包んで待っていると、中折れ帽に灰色のスーツを着た老紳士が目の前に現れた。
「まゆさんですか?」
「はい……けんさんですか?」
「初めまして。けんです」
「初めまして……まゆです」
40年以上昔からの知り合いなのに、「初めまして」と言うのがなんだか可笑しくなって、二人は笑った。
「そうだ……これ、どうぞ」
KENは細長い紙袋をMayuに差し出した。
「何ですか、これ?」
「”花筏”です。昔美味しいって喜んでいたから、また買ってきました」
それはかつてKENが一度Mayuに送った日本酒・”花筏”だった。
「あ……ありがとうございます!あのお酒の瓶、可愛いからまだ宝物なんですよ」
「まだ持っていたんですか?ありがとうございます」
KENはMayuが中身を確かめると、「重いですから、帰りまで僕が持ちますね」と、紙袋を持ち直した。
「今日は私が東京をご案内しますね。あ、そうだ。映画も観に行きましょう」
「よろしくお願いします」
KENはMayuの手を握り、にっこり微笑んだ。
MayuはハッとKENを見上げ、そのまぶしい笑顔に頬を染めると、うつむいて歩きだした。
「熊さんが映画で団子を食べた団子屋さんに行きましょう」
「おお、いいですね」
そして二人は歩き出す。決して交わることのなかった二人の人生が、今ようやく一つに重なった。
END.