クリス王子の受難(コメディ/SM/社会人)



2025-02-08 18:31:03
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 ここに冴えない一人の青年がいた。名前は栗栖王子(くりすおうじ)。王子は敬称ではない。本名が王子(おうじ)なのだ。両親は大恋愛の末結婚した、いつもラブラブの夫婦で、夢見がちな両親のもと、現実は冴えない地味な子供は、いつも名前をからかわれて肩身の狭い思いをしていた。
 ”おうじ”と呼ぶより、弱々しいので、付いたあだ名は”ワンコ”。中国語で王は”ワン”と読み、それに子をつけて、”ワンコ”だ。しかし、自分が冴えない地味子だという自覚のあった王子は、”おうじ”という恥ずかしいキラキラネームより、この”ワンコ”を歓迎した。
 「おいワンコ、今日飯食いに行こうぜ」
 「ごめん、母さんが毎日料理食べないと機嫌悪くなるから、外食できないんだ……」
 王子はキラキラ夢見がちな両親の”理想の家庭像”にいつも振り回されていた。
 「マジか。あー、でもお前の母ちゃんあれだしな……。じゃあ、日曜に遊ぼうぜ」
 「ごめん」
 自宅に帰ると、フリフリのロングドレスに白いエプロンをした、漫画のメイドのような姿の母が出迎える。
 「あら王子、おかえりなさい。ご飯できてるわよ☆」
 「ただいま……」
 王子の母は栗栖里美。ごく普通の専業主婦だ。いつもキラキラ乙女チックなハンドメイド作品を作ってイベントで売ったりネット通販したりしている。理想の家族を作り上げるために徹底して世界観を構築している。
 「今日は通販でネックレスが売れたの。だからちょっと奮発しちゃった☆」
 クリスマスのようなチキンレッグとサラダが各席に盛り付けられ、厚くスライスしたバゲットとオリーブオイル、コンソメのスープが配置されている。王子の家庭はいつも王宮のようなクォリティだ。栄養価が高い食生活に慣れた王子は、飢えることを知らないので、痩せの大食いに育った。燃費が悪く、少し運動すると沢山食べてもどんどん痩せてしまう。
 「わあ、すごいや」
 王子はこんな食生活をしているので、質素な和食が羨ましくて仕方がない。お正月の和食は王子にとって一年で一番幸せな時だ。そのため、チキンレッグぐらいでいちいち喜びはしない。
 と、父の栗栖三郎が帰宅した。定時帰宅を頑なに守っている一流企業の社員である。
 「ただいま。わあ、今夜もご馳走だね」
 栗栖三郎は妻の里美の世界観に惚れて結婚したので、この映画のような食卓にいつも幸せを噛みしめていた。骨の髄まで夢の世界に浸食された夫婦である。王子は幼稚園で日本の一般家庭の常識に触れて以来衝撃を覚え、異常な家庭の在り方にいつも悩み苦しみ恥を感じていた。
 「社会人になったら絶対一人暮らししてやる。そして三食チキ〇ラーメンという生活を送ってやるんだ……」
 王子は両親の期待を裏切らない程度に、理想の普通の生活を手に入れるために勉学に励んだ。

 地元の大学を卒業し、社会人になった王子は両親の反対を押し切り一人暮らしを始めた。親がそうそう通えないような遠隔地の安アパートである。
 「一人暮らしサイコー―!!!飽きるまで〇キンラーメン食うぞ!!」
 親の理想の世界から解放された王子は、一人で羽を伸ばしていた。
 厳しい社会の荒波に揉まれ、うだつの上がらない冴えない王子は、やはり会社でも”ワンコ”と呼ばれて、いつもミスを叱られていた。
 「栗栖!!なんだこの報告書は!こんな誤字だらけの報告書、形式もでたらめで、話にならない!書き直しだ!15時までに再提出しろ!」
 「すみません!」
 給湯室でコーヒーを淹れて気合いを入れようとしていた王子は、同期の女性に声をかけられた。
 「また叱られたんですか?お疲れ様です」
 「桜小路さん……」
 桜小路姫子(さくらこうじひめこ)。王子と同期で入社した事務員で、誰もが振り返るような美女だ。姫子は王子のことをいつも気にかけていた。
 「B3サーバーに報告書のテンプレがあるので、それダウンロードして使うといいですよ。自力で書くと叱られます。私もそれ教えてもらって初めて知りました」
 「そうなんですね!ありがとうございます!」
 「あと3時間頑張れば花金ですよ。頑張りましょう」
 「はい!姫子さんも!」
 王子はいつも親しく声をかけてくれる姫子がひそかに気になっていた。
 「姫子さん……優しいなあ」
 冴えない王子は女性に声をかける勇気などあるわけがない。いつも遠巻きに姫子を見つめ、憧れだけを募らせていた。
 そんなある日、同期で飲み会があった。王子は仲間にからかわれて飲酒を強要されていた。
 「そんな、飲めませんって……」
 「そういうなよワンコ!次何飲む?テキーラ?よーし、すみませーん、テキーラください!」
 「無理ですよ!!ああ、来ちゃった……」
 王子は仲間に飲まされて、まともに歩けないほど酔いつぶれていた。
 「ワンコ大丈夫?」
 「ああ、こりゃだめだ。弱いな、ワンコは。誰か送って行ってやれよ」
 その時、姫子が名乗りを上げた。
 「私、王子君送って行きます」
 「ええーーーー?!!」
 一同は驚愕した。みんなのアイドルだった姫子が、よりによってワンコをお持ち帰りするなんて。
 「任せてください。私、大学時代運動部だったので、力はあるんですよ」
 そして王子は記憶も定かでないまま、姫子に看護されて一夜を共にした。
 それがきっかけで、姫子は煮え切らない王子についに勝負に出た。
 「王子君。私のこと、嫌い?」
 「え?!」
 王子がどもっていると、姫子はなおも続ける。
 「私、王子君と遊んでみたい。ねえ、私と付き合わない?」
 「ええーーーー??!!」
 願ってもない申し出に、王子が拒否できるわけもなく。
 王子と姫子は晴れて恋人同士となった。

 二人がぎこちなく付き合い始めたある日、姫子は王子と歓楽街に来ていた。
 「姫子さん、次、どこ行きます?」
 「王子君。私、行ってみたいところがあるの」
 「お付き合いしますよ!」
 そして連れてこられたのは、ラブホテル・『愛の魔窟』。初めてのラブホテルに、王子はたじろいだ。
 「ご、ごめん、姫子さん。僕、何も準備してないんだけど……」
 「いいですよ、王子君。私がちゃんと準備してるから」
 慣れた様子で姫子はどんどんホテルの一室に進んでいく。
 (姫子さんモテるから、こういうところ来慣れてるんだろうな……)
 少々気後れした王子が連れてこられたのは、拷問部屋のような部屋だった。
 「え!?姫子さん、これって……?!」
 「私、着替えてきますね」
 「え?!ええーーーー??!!」
 バスルームで着替えてきた姫子は、黒いエナメルのボンテージ姿だった。
 「さあ、始めましょう」
 そう言った姫子の声は、低くドスが利いていて、蠱惑的だった。姫子は王子の服を乱暴にむしり取ると、馬乗りになって裸に荒縄を巻き付け始めた。
 「姫子さん、これって……?!」
 「姫?!あたしが姫なんていう身分に満足するとお思い?女王様とお呼び!」
 姫子が仕上げにきつく荒縄を締め上げると、王子の身体が苦痛に軋んだ。
 「う!!ひ、姫子さん、いや、女王様……。これが女王様のやりたかったことなんですか?」
 「そうさ。あたしは大学時代からこの道でバイトしててさ。このへんじゃ結構名が知れてるんだ。お前を初めて見たとき、直感で分かったよ。こいつは相当な弩エムだってね!」
 姫子は鞭を取り出し、転がる王子を足蹴にして鞭打った。
 「痛い!!痛い!!僕こんなことやったことないんですけど!」
 「あたしぐらいになると匂いで分かるのさ!さあ、鳴け!犬っコロのように鳴けよ!」
 「ひい、ひい~~~!!」
 「鳴き声が違うだろ!ワンコ!!」
 「ワン!!ワン!!」
 「いい声だぜぇ……楽しくなってきただろ?お前は王子じゃない。哀れで汚い奴隷だ。そんなみすぼらしい奴隷のお前を、あたしが直々に可愛がってやるんだ。感謝しな!」
 「わ、ワーーーン!!」
 姫子はロウソク攻め、三角木馬などなど、一通り楽しむと、予約時間いっぱいで王子を解放した。
 「楽しかったね、王子君!また私と遊んでね!」
 「あ、ああ、うん……」
 王子は強く断ることができず、その後も着実に姫子に弩エムとして調教されていった。
 王子と名付けられた青年は、奴隷の身に落ち、名前通りの輝かしい人生は送れなかったという話である。

終わり

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