コレクター(グロ/猟奇/フィクション/現代風/海外風)



2025-02-08 18:26:18
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いつも、思い出すのはあの七色に輝くヘーゼルの瞳。
ラブラドライトの煌めくラブラドレッセンスのように、見る角度や光の加減で色を変える。
僕は彼女のそんな瞳が好きだった。

僕は大学で工芸を学び、宝石細工職人になった。中でも僕の得意は完全な球体や真円を削り出すこと。師匠ですら僕の正確さには敵わなかった。
僕は球体や円盤を削り続ける毎日を送った。

でも、本当は僕には、誰にも内緒で作っているものがある。それは、義眼だ。
大理石を削り出し、宝石で虹彩を削り出して嵌め込み。黒曜石で瞳を作って嵌め込んで、水晶の角膜を貼り付け、完成する。
複雑に削り出して嵌め込み組み立てる、義眼作りは難しいけど何より楽しい。
僕のアトリエには義眼が沢山転がっていた。
でも、売ろうとは思わなかった。
義眼は全部僕の大切なコレクション。
アメジストの紫の瞳、ターコイズの空色の瞳、ルビーの赤い瞳、エメラルドの緑の瞳、サファイアの青い瞳、タイガーアイの茶色い瞳…。宝石細工師の僕の元にはいくらでも宝石の欠片が手に入る。作り放題だ。
僕は出来上がった義眼を眺めているときが一番幸せだった。

でも一つだけ不幸なことがある。
初恋のあの子のヘーゼルの瞳が作れない。
ラブラドライトでもない。アレキサンドライトでもない。どんな宝石も、あの輝きに比べたら川原の石と変わらない。
僕はわからなくなった。ヘーゼルの瞳は、一体何色なんだろう。

大学を卒業して何年経ったろう。ある日同窓生の仲間が、同窓会を開こうと呼び掛けてくれた。
僕は勿論参加した。もしかしたら想い出のあの子に再会して、あのヘーゼルの瞳をまた観察できるかもしれない。
そして案の定、彼女はやって来た。

大人になった彼女は、幼かったあの頃の美しさはそのままに、ちょっと色っぽくなっていた。
僕は彼女に話しかけた。
「やあ、クリスティ、久しぶりだね。覚えてる?」
「えっと……どちら様だっけ?」
「忘れちゃった?僕だよ、ビリーだよ。よく隣の席だった」
「ああ、ビリー。……ウィリアム君ね。久しぶり。変わっちゃってビックリしたわ」
そうだ。彼女は僕をウィリアム君と呼んでくれたんだっけ。
そうそう、忘れるところだった。瞳を観察しなくちゃ。
「君はすごく美人になったね。昔から可愛かったけど」
「そう?ありがとう。……ねえ、どうしてそんな怖い目で見てくるの?」
「怖い?ごめんよ。久しぶりに会った君が美しくて目が離せなくて」
「……そ、そう。あ、ハーイ、ジェシカ!久しぶり!」
彼女はジェシカのところに行ってしまった。少し変な見方をしてしまって気味悪がらせてしまった。
仕方ない、小道具を使おう。僕はポケットに忍ばせていた宝石を掴んだ。
「クリスティ、これを見て。僕、宝石細工師になって、こんなものを作っているんだ」
僕は天井のライトにかざすように宝石を見せた。計画通り。みんなの瞳が光を集めて輝いた。
「きゃー、本物なの?」
「綺麗!素敵!」
青や緑にみんなの瞳が輝いた。彼女の瞳は…つまらない黄土色だった。
「ウィリアム君、すごい、それ、私にくれるの?」
「欲しいならあげるよ」
「ありがとう!」
「クリスばっかりずるいわ!」
僕はがっかりしていた。記憶と違う色の瞳。川原の小石みたいだった。

失意の僕は宝石に興味がなくなってしまった。川原の小石で作れる義眼に興味はない。
僕は大学に入り直して、眼科医になった。
沢山の患者の瞳を見て、最高のヘーゼルの瞳を探す。
僕は大好きな瞳を見放題の職業にやりがいを感じた。
目がなくなった人にはお得意の義眼を売り付けて大分稼いだ。
そしてある日、クリスティが眼鏡を買いに来院した。
「あら、ウィリアム君じゃない。宝石職人はやめたの?」
「覚えててくれて嬉しいよ。そうなんだ。廃業しちゃって、勉強し直したんだ。それにほら、義眼を作れるから、全く無駄じゃないし」
僕は宝石の義眼を見せた。彼女はまたキャーキャー歓声をあげて義眼に見とれていた。
「すごいじゃない。廃業したなんて勿体無いわ」
そして僕は彼女の目を診察した。するとどうだろう。彼女の瞳は川原の石なんかじゃなかった。やっぱりラブラドライトだった。いや、アレキサンドライト?ファイヤーオパール?いやいや、彼女の瞳は、彼女の瞳だった。
僕は欲しくてたまらなくなった。
僕は嘘をついた。
「残念だけど白内障の兆候がある。目を摘出することになるかもしれない」
「そ、そんな!」
彼女は目の摘出を拒否した。いつか目が見えなくなっても、目を残してほしいと。
僕は、カッとなって、彼女を殺してしまった。
彼女の瞳はヘーゼルの瞳。ラブラドライトよりも、アレキサンドライトよりも、ファイヤーオパールよりも美しい。でも、いつもは川原の小石のようにありふれた色をして、その美しさを隠している。
僕は彼女の目を摘出し、ホルマリンに漬けて眺めた。

一度やってしまうと、僕は何も怖くなくなった。
いろんな色の瞳をコレクションしたい。
僕は患者に嘘をついて眼球を摘出し、義眼を売り付けて稼いだ。
稼いだ金で原石を買い求め、義眼を作り、また義眼と引き換えに目を手に入れる。
僕にしかできない仕事。僕は神に選ばれたのだ。



新聞の一面に、眼科医が殺人と詐欺で逮捕されたという見出しが躍った。
容疑者の名はウィリアム・コールドマン。元宝石細工師の眼科医。
彼の自室には数百を越える義眼と、十数個の眼球の標本が飾られていたという。
その後の判決により、ウィリアム・コールドマンは懲役120年の刑を言い渡された。


END.

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